超略伝記井原西鶴のゴミ箱内容

室町時代の文武両道な今川了俊の内容についてです。
ソフトは下記のエピソードゴミ箱です。

1
十代から歌をたしなみつつ武人としても活動する今川了俊。

資料
今川了俊:祖母や幻で歌を詠むことを始め、
禅や儒教も学びつつ武人としての活動もしている人。
吉田兼好:了俊と交友があった人。
彼の死後了俊は徒然草の整理に関わった。
香雲院:了俊の祖母で歌を読めと諭した人。
了俊が31の時死去で相当長生きっぽい。

時代背景
足利幕府二代目から三代目。

2
幕府が九州探題に了俊を任命して職をやり遂げようとする了俊。

資料
今川了俊:割と初期の足利幕府の人。
まず九州の北あたりを制圧を試みる。
九州探題:九州を統治する役職名。
了俊で完全制圧するが応仁の乱で台無しになる。
倭寇:当時の日本から大陸に渡る海賊達。
始めたのが日本人なので倭寇だが後には
大陸の人間がほとんどを占めるようになる。
九州制圧のフダの一つ。
阿蘇氏:熊本の阿蘇神社の神主の先祖。
この頃は豪族として力を持っていたので
九州探題のフダのもう一つ。
菊池氏:当時の熊本の豪族。
倭寇の時頑張ったのに褒賞が無いと
鎌倉幕府にクレームした人もこれ。
島津氏:今の鹿児島あたりを仕切っている豪族。
明治までしぶとく存在してぶいぶいする。

時代背景
室町幕府の了俊による九州制圧。
倭寇懐柔して高麗と交易せんとする。

3
今川了俊は失脚して武人はすっぱり無くなって
述作活動にハッスルする。

資料
今川了俊:九州探題で九州制圧をしたところ
その座を羨む連中に失脚され失意の日々。
讒言は回復したが武人生命を絶たれたので
述作に励む。
大内義弘:九州探題になるため
応永の乱で了俊を失脚させたが敗死してしまった人。
冷水為正:了俊の歌などの師匠。失脚後も親交があった。
太平記:作者は別の人だが了俊は手直しに参加。
了俊日記:了俊最後の作品でこれの後静岡あたりに行って
没するが年が87〜93〜95とはっきりしないんだかするんだか。
一応93歳ごろ死去が本命とされるが。

時代背景
足利義満が死んで次の人になるまで。

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